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京都地方裁判所 昭和56年(ワ)880号 判決 1983年3月23日

甲事件 原告

乙事件 被告

古川マサ子

右訴訟代理人

村山晃

甲事件 被告

乙事件 原告

豊栄物産株式会社

右代表者

北川嘉三

右訴訟代理人

原田甫

沼田弘一

山本哲男

主文

一(甲事件について)

被告豊栄物産株式会社は原告古川マサ子に対し金七六九万五〇〇〇円及びこれに対する昭和五六年一月二八日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

二(乙事件について)

原告豊栄物産株式会社の請求を棄却する。

三 訴訟費用は甲乙事件を通じこれを五分し、その四を原告古川マサ子の、その一を被告豊栄物産株式会社の負担とする。

四 この判決第一項は仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一甲事件被告(乙事件原告。以下被告会社という。)は、大阪砂糖取引所などで商品取引仲買業を営む会社であること、被告会社は昭和五五年一一月一八日原告との間で古川勝弘名義で商品取引市場における売買取引の委託を受ける契約を結び、原告から同月一九日一四五万円及び宝船二〇〇〇株、松下電産一〇〇〇株の株券の、同月二〇日三〇〇万円の各交付を受けたこと、被告会社は同月一九日古川勝弘名義で約定値段二六七円八〇銭の砂糖五〇枚、同二六七円九〇銭の砂糖五〇枚を各買付ける等別紙一記載のとおりの取引がなされていることは当事者間に争いがなく、この事実と<証拠>を総合すると次の事実を認めることができる。

1  被告会社営業部従業員若林秀男は、昭和五五年一一月一八日大学教職員名簿によつて知つた原告方住所に予め電話をしたうえ立寄り、原告に対し余裕があれば商品取引により利殖してはどうかと勧誘し「商品取引委託のしおり」と題する説明書を交付しその内容に添つて商品取引の仕組み、損益の清算方法、委託証拠金、税益を挙げ損失を防ぐ方法、委託手数料等について一時間余りに亘つて説明し大阪穀物取引所受託契約準則、大阪砂糖取引所受託契約準則を記載した書面を交付しまた「被告会社に商品市場での売買取引の委託について右準則を遵守して取引することを承諾する」旨の記載のある承諾書に応諾の押印を貰い、取引銘柄は精糖、買付は原告の夫である古川勝弘名義とし、委託証拠金は一五〇万円とすることに合意が成立したが、さらに原告は若林の勧めにより後日証券会社に預けてある株券(宝船二〇〇〇株、松下電器産業一〇〇〇株)を追加して交付し委託証拠金を三〇〇万円とする旨承諾し、若林は右委託金により翌朝寄付きで成行きにより五〇枚買建玉を建てることについての注文を得た。

被告会社は原告の右委託により古川勝弘名義で昭和五五年一一月一九日砂糖の四月限りを前場一節で五〇枚(一枚九トン)を単価二六七円八〇銭(一キログラム当り)で買建玉を建て、さらに原告から委託証拠金三〇〇万円を増額し買増すことの了解をえて同日前場二節で右同五〇枚を単価二六七円九〇銭で買足し、同日原告方で先に約束してあつた委託証拠金三〇〇万円相当分として現金一四五万円と前記各株券の交付を受け、また同日原告に「委託売付、買付報告書および計算書」(甲第二号証の一)を送付した。

同月二〇日被告会社営業部員岡山雅博及び若林秀男は原告宅で原告から申出書と題する書面(取引仕法の説明を受け了承したこと、売買数量は自らの裁量により決めること、原則的な規定枚数以上の数量の取引をすると思うのでその旨申出ること等を記載した被告会社代表者宛書面)に委託名義人古川勝弘名の署名押印を得、さらに取引量を増したことによる委託証拠金三〇〇万円の交付を受けた。

同月二五日若林は取引値の値下りを見越し電話で原告から委託証拠金六〇〇万円を追加し一〇〇枚売建玉を建てることの同意をえて同日後場一節で砂糖一〇〇枚を単価二六四円八〇銭で売建玉を建て先の買建玉合計一〇〇枚と両建の状態とし、翌二六日原告から右六〇〇万円の交付を受けた。

ところが、若林は原告に連絡することなく同年一二月一日前場二節で先の砂糖四月限り売建玉一〇〇枚を単価二六四円一〇銭で仕切つて決済して両建を外し、かつ自らの判断でさらに五月限り一〇〇枚単価二六三円九〇銭を買付けた(難平)が、後場になつても値を下げたため若林は原告に対し委託追証拠金の追加支払を求めた。

ところが、その後も相場が下降の一途をたどり取引量も多くなつたので、被告会社営業部長加来益成は右同日両建にする必要があるものと判断し若林から事務を引継ぎ、原告に対し電話で「買いに替えたら下つた。損を取返すためあと一五〇〇万円出して欲しい」旨伝えた。

同年一二月二日原告は委託追証拠金を順次増額請求されることに不安を感じ弁護士に相談した結果このまま被告会社の言うままにするのは危険であると判断し弁護士に伴われて被告会社に行き被告会社が古川勝弘名義で行つている売買はすべて無断取引であるからこれまでの交付金全額を返すよう求めた。

被告会社は、委託証拠金の追加提供がなくこれ以上放置すると損害を増大させると判断し同月三日前場一節で二回に亘つて五〇枚宛を各単価二五七円四〇銭で、また同節で一〇〇枚を単価二五七円で売建玉を建てて手仕舞つた。以上の取引による売買代金、委託手数料は別表一、三約定値段、委託手数料欄に各記載のとおりである。

2  本件に現われる取引用語の意味は次のとおりである。

委託証拠金 委託者が取引業者に差入れる売買取引の担保金。

委託追証拠金(追証) 建玉について計算上損勘定が委託証拠金の二分の一相当額に達したときに徴収される証拠金。

建玉 売買約定が成立した取引で未決済のもの。

仕切(手仕舞) 建玉を反対売買して決済すること。

両建(保険繋ぎ) 買建玉売建玉を同時に建てること。

難平(なんぴん) 取引値が下つたところで買足し損を平均化すること。

以上の事実を認めることができ、<証拠>中右認定に反する部分は直ちに採用することはできない。

二(甲事件について)

1  右事実によると、原告は、本件取引が砂糖の先物取引であり投機売買による差益を目的とするものであるが差損を生じることもあること、被告会社はこの取引を受託する仲買業者で右売買に伴う手数料を得ることを目的としていること、また原告が出損する金員がその委託証拠金であること、これらを承知して被告会社の勧誘に応じて昭和五五年一一月一八日被告会社との間で商品取引委託契約を締結し、前記各金員を提供し順次取引を承諾したものと認められるところ、被告会社が古川勝弘名義で売買した前記取引のうち原告の承諾があつたと認められる昭和五五年一一月二五日以前の取引は原告にその効果を帰せしめうるけれども、右以降の売買は原告から委任を受けることなくなされた無断取引であつて原告に効果を及ぼすものではないというべきである。

そうすると、昭和五五年一一月二五日現在では買建玉一〇〇枚(その買値合計額二億四一〇六万五〇〇〇円。別紙一①②の合計額。)と売建玉一〇〇枚(その売値合計額二億三八三二円。別紙一③。)とが両建になつていたからその間の差損額二七四万五〇〇〇円が維持されていたことになり、その後の売買は仕切を含めて被告会社の無断売買であるから原告の損益には関係がなく、右両建を同時に外して手仕舞うと結局当初の差損金がそのまま残つたことになり、これと被告会社に支払うべき手仕舞の分を含む委託手数料四〇〇枚分合計一五六万円(弁論の全趣旨により一〇〇枚について三九万円であることが認められる。)との合計額四三〇万五〇〇〇円が原告の負担すべき額でありこれを前記被告会社が預つたと認める委託証拠金合計額一二〇〇万円から差引くと残額は七六九万五〇〇〇円となる。

2  原告は、本件委託契約が被告による利益保証をし不当な勧誘により締結されたこと、また原告には重大な錯誤があつた旨主張するけれども、前記のとおり原告は商品取引の内容、委託証拠金の意味を理解して承諾したものと認められ、原告本人尋問の結果によると取引量について当初理解不十分なところもあつたことが認められるけれども間もなくそれも了解し追注文していることが認められ、また被告会社従業員からの利益が上る話に乗つた面もないとは云えないが追証拠金の説明で損失を招くことのある場合も承知していたものと認められ、説明に当つた従業員において利益を保証しあるいは虚言を弄したと認めるべき証拠もないから、被告会社との当初の委託契約締結についてはもとよりその後の個別注文についても原告に錯誤があつたものということはできない。

また原告は、被告会社が行つた全取引について顧客である原告からの指示を受けることなく行つた無断売買でありそうでないとしても一任売買である旨、また被告は、同年一二月一日以降の取引についても原告の承諾を得て行つたものである旨それぞれ主張するけれども、昭和五五年一一月二五日以前の分は前記認定のとおり原告から個別に同意を得た有効なものであり、証人岡山雅博、同加来益成、同若林秀男の各証言のうち被告の右主張に添う部分は原告本人尋問の結果と対比し直ちに採用することができず、他にこれを有効な取引と認めるべき証拠がない。

3  次に、原告は、被告会社に対しその債務不履行を理由に慰藉料の支払を求めるけれども、前記のとおり有効と認めた範囲内では被告会社は原告からの委託に基づき商品取引をしており被告会社による委託外の取引を債務の本旨に反する行為であるとしても右委託外の取引は原告との関係では効力が認められず、原告は前記清算金を取戻すことによつて取引上の目的は一応達したものというべく売買差損はとも角被告会社が原告に対し他に損害を及ぼしたとは認められず、他に慰藉料を認めるべき事由も見当らない。

また原告は、弁護士費用を損害として請求するけれども、右のとおり被告会社に不当応訴を含む不法行為はもとより債務不履行により原告に損害を及ぼした事実も認められない以上右請求もまた認めることはできない。

4  以上によると、原告被告会社の本件商品取引委託契約は昭和五五年一二月二日右当事者間の合意により終了清算することになつたものと認められるところ、被告会社は原告に対し前記清算金七六九万五〇〇〇円を返還すべき義務がある。

原告は、右のとおり無断売買その他の理由により被告会社との委託契約が無効である旨主張しこれに基づき差入証拠金全額の返還を求めているけれども、清算による一部返還請求も右申立の範囲内にあるものと認められる。

三(乙事件について)

被告は原告に対し、商品先物売買取引の委託契約に基づく差損金、手数料と委託証拠金とを清算した不足分の支払を求めるけれども前記のとおり被告会社が支払を求めうべき不足額は認められないから、被告の右請求は失当である。

四よつて、甲事件について、原告の被告に対する請求のうち七六九万五〇〇〇円とこれに対する本件訴状が送達された日の翌日であることが記録上明らかな昭和五六年一月二八日から完済まで民法所定利率年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度で理由があるからこれを認容し、その余は失当であるから棄却し、乙事件について、被告の原告に対する請求は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、仮執行宣言につき同法一九六条一項を適用して、主文のとおり判決する。

(吉田秀文)

別紙一 <省略>

別紙二 計算表<省略>

別紙三 委託者別先物取引勘定之元<省略>

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